今日のネタ 『粗忽長屋』

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     度が過ぎるほどの粗忽者の八五郎。信心はまめで、毎朝浅草の観音様にお参りに行く。と、いつものように雷門を抜け、広小路にさしかかったところで黒山のような人集りに遭遇。何があったのかと周りに聞いてみると、行き倒れだという。何だか分らないが、行き倒れを見てみたいと集まっている人の股の下をはって集まりの中心へ来た八五郎。役人は行き倒れの知り合いがないのかと探していたところで、とりあえず八五郎にも確認してもらう。
     八五郎しばらく、誰かに似ているなと考えていてはっと気付く。
    「こいつは熊五郎じゃねぇか!」
     役人が八五郎に尋ねると、「熊五郎は同じ長屋の隣に住む兄弟分。今朝会ったときに心持ちが悪いと言っていた」と八五郎は説明する。
    「それじゃあ、他人だ。この死体は昨夜からここにあるんだ。」
    「うるせぇ。いつもぼーっとしてる熊だ。きっと自分が死んだことに気付かないんだ。心持ちが悪かったのが証拠だ。今当人を連れてきて確認させるから待ってろ!」と役人が止めるのも無視して走って長屋に戻る八五郎。

     長屋に戻った八五郎は、寝ていた熊五郎を叩き起こしておまえは死んじまっている、おめえよくのん気に寝てられんなと息巻く。この熊五郎、八五郎と同じくらいの粗忽者。熊五郎にお前は死んでいると言われると自分でもそんな感じがしてきてしまう。
    昨夜のことを八五郎に尋ねられるが、本所の親類のところでしこたま飲んで吉原を冷かして、また田町でしこたま飲んだまでは覚えている。それを聞いた八五郎、「田町から虫の息で仲見世あたりでふらついて、そこで転ぶかなんかして死んじまったんだ。」と。死んでしまったのはしょうがない。自分の死骸を引き取りに行くんだと熊を連れて広小路へ。
     再び現れた八五郎に呆れる役人をよそに、死体を見る熊。しばらく見ていると、「ああ、やっぱりこの死体はオレだ!」。そうだろうと八五郎。
     死体を抱きかかえる熊、
    「あぁ・・・。なんと浅ましい姿になってしまって。死ぬんだったらもっとうめぇものを食っときゃよかった。でも、兄貴、何だかよく分らなくなっちまった。」
    「何がだ」

    「抱かれているのは確かにオレだ。でも、抱いているオレは一体誰なんだ。」


     この噺は滑稽噺なんでしょうが、どこか哲学的な感じを漂わせている作品ですね。それはサゲの「抱かれているのは確かにオレだ。でも、抱いているオレは一体誰なんだ。」という一言に尽きるわけですが。でも、ここから人間についてだとか、意識だとかを哲学的に考えるのは何だかイヤらしいのでやらない。あくまで落語的にこの噺を捉えるのがこの噺を楽しむコツでしょう。つまり、このサゲは哲学的というよりも、1つのユーモアとして楽しむのが正解でしょう。
     先日の『権太楼日曜朝のおさらい会』で権太楼師匠が言っておりましたが、落語には2つの種類の噺がある。1つは物語があってそれに沿って噺を勧めるもの。もう1つは物語はなくって登場している人物で噺を進めるもの。断然、人物で噺を進めるネタのほうが難しいとのこと。そして「粗忽長屋」も物語を聴かせるのではなく、人物を聴かせるネタだから難しいと。まあ、聴いているほうは難しく考えず、ただ笑って聴くのがベストですがね。
     このネタと言えばやはり5代目小さん師匠が抜群でしょう。あまりにも完成され過ぎているために、直弟子では小三治師匠しかこのネタは演じていないらしいですね。それも小三治師匠もほとんど演じないとか。そう考えると、先日小三治師匠の「粗忽長屋」を聴けたのはかなりレアだったんでしょうね。

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    今日のネタ 『新聞記事』

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       慌て者でちょっと抜けている、お馴染の八五郎。今日もご隠居のところでバカを言っていると隠居に「おまえ、新聞は読むか」と聞かれる。
      「新聞は月初めに一ヶ月分」と八五郎。あきれた隠居、「それじゃあ、今朝の新聞見てないな。」
       急に声を低くして喋りだす隠居。
      「お前の友達の天ぷら屋の竹さんの家に昨夜泥棒が入ったらしい。
      その泥棒に竹さん殺されたよ・・・。竹さん、死んじまった・・・。」
       それを聞いてビックリした八五郎、その詳細を隠居から聞き出す。

       「なんでも、竹さんが寝ているとガサガサ枕元で物音がする。そこで電気をつけると目の前には身の丈六尺はあろうかという大男。この大男、竹さんが気付いたのを知ると日本刀を抜いて、「静かにしろ!」。が、剣術の心得がある竹さん、護身用の樫の棒を取って少しも怯まない。が、これがいけなかった。逆上して切りつけてきた泥棒をヒラリとかわして馬乗りになったところまでは良かった。縛ろうとする竹さんを、泥棒は下からあいくちで胸元を刺す。これが致命傷。
       立ち回りの音で気付いた家人たちが大騒ぎになると、泥棒はすぐに逃げ出した、という訳。

       しかし、悪いことはできないもんだ。逃げ出した泥棒は五分も経たないうちにアゲられた。それもそのはず、泥棒に入った場所は天ぷら屋・・・。」

       竹さんが殺されたというのは全くウソ。隠居の落咄でからかわれた八五郎はこれにすっかり感心し、自分でもやってみたくなった。
       誰かにこの噺をしたくて堪らない八五郎、つい当の本人である竹さんにこの話をしてしまい、ほうほうの体で逃げ出す。懲りずにもう一人の友達の家に上がり込み話を始める八五郎だが、ところどころ間違ってばかりで話が進まない。それでもようやく最後のオチの部分にたどり着くが、肝心の「アゲられた」という言葉が出てこない。それを見ていた友達、先に「アゲられたんだろ。天ぷら屋だからな。」とオチを言ってしまう。
      オチを言いたいがために話していた八五郎が落ち込んでいると、友達が言い出す。
      「このあとの話を知ってるか?竹さんのかみさん、亭主が死んで、尼さんになってしまったらしいぞ。」
      「どうして?」

      「元が天ぷら屋のかみさんだけあって、衣をつけたがらぁ。」


       この噺は新聞記事がテーマになっているせいか、なんだか新しい感じのする噺であります。といっても、この噺が出来たのは昭和の初めのころだそうで、立派な古典落語となるわけです。が、演じ方によっては今現在の話として演じることができるようなネタですね。
       実際にこのネタは、古今亭志ん五師匠の映像をテレビで観たのが初めてだと思うんですが、その時は新作落語だと思ったくらいです。
       このネタは今の正蔵師匠がよく演じているようで、今まで2回ほど寄席で聴いた記憶がありますね。ちなみに『落語CD&DVD名盤案内』にこのネタが載っていないことから、音源ではあまり残っていないみたいですね。



      今日のネタ 『親子酒』

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         大酒飲みの親子。せがれの将来を心配したおやじ、お互いに禁酒をするという提案をする。せがれもこれを承知してしばらくはお互い禁酒を続けるのだが、これも10日も過ぎれば怪しくなってくる。

         せがれが出掛けて留守になったある日、おやじはかみさんを呼んで、「昼間疲れたから、なにか疲れが抜けるものはないか」と言い出す。かみさん、「じゃあ、唐辛子なんか・・・」。「ちげぇ、こうくっと飲めるもんだ。たった一杯でいいから出せ。」
        せがれが帰ってきたら言い訳できないとごねるかみさんをむりやり説き伏せ、銚子一本を持ってこさせる。酒飲みのおやじが銚子一本で満足するわけもなく、もう一本、もう一本と言っているうちにベロベロに酔ってしまう。

         そこへせがれが帰ってきた。さすがに慌てたおやじは膳を片づけ、酔いをごまかそうと無理に座り直す。おやじの前にやってきたせがれ、こちらもグデングデンになっている。なんでも、ひいきの旦那に飲めと勧められるのを、おやじとの男と男の約束は破れないと断ったところまでは良かった。そこでひいきのだんなが「偉い。その意気に乾杯。」と結局乗せられ、2人で二升五合を飲んでしまったとか。
         それを聞いたおやじ、「それじゃ困りますな。跡継ぎがこんなんじゃ。うん、ちょっと、婆さんや。こいつの顔がさっきから三つに見えますよ。きっとこいつは化け物だ。こんな奴に大事な身代は渡せませんよ。」と言うと、それを聞いたせがれ、

        「あたしだって、こんなにぐるぐる回る家は欲しくない。」


         なんとも馬鹿らしくって軽く聴ける噺であります。寄席でも結構聞く機会が多いネタだと思うんですが、それは最も落語的な噺の一つだからというのも理由じゃないでしょうか。お酒が出てきて失敗する噺は沢山ありますが、酔っ払い2人のすれ違いが何とも言えなく滑稽で特に好きな噺ですね。
         やはりこれを演じるのは酒飲みの噺家が多いんでしょうね。DVDやCDに残っているものでは、5代目小さん師匠が抜群のようです。小さん師匠自身もかなりの酒飲みだったようですし、そりゃぁ抜群だったというのも分ります。他に10代目桂文治師匠のもの、ちょいといい加減な演出の志ん生師匠の音源がいいらしいですね。
         こうやって、残っている音源を調べてみると、なんと名人といわれる師匠方を聴いていないのかと実感してしまいますね。



        今日のネタ 『百川』

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           日本橋浮世小路にあった名代の料亭「百川」に、葭町の桂庵千束屋から百兵衛という新しい抱え人が送られてくる。この百兵衛は田舎者だが実直そう、主人はこの男を気に入って話しをしていた。そこへ、二階の座敷から手が鳴る。
           タイミング悪く、髪結いが来ていたために女中は皆髪を解いてしまっており座敷に出ることができない。そこで困った主人は百兵衛に悪いが用を伺ってきてくれるように頼む。

           二階の座敷では若い衆が数人相談していた。祭りが近づいたのだが、隣町に返さなければならない四神剣(しじんけん)を質入れして遊んだために、これからどうするかともめているところであった。
           そこへ突然、「うっしゃ」と奇声を発っしながら得体の知れない男が入ってきたからビックリ。
           百兵衛が「わしゃ、このシジンケ(主人家)のカケエニン(抱え人)でごぜぇます。」と挨拶をしたのを、初五郎が早とちり。「四神剣の掛け合い人」と勘違いし、隣町から催促にきたと大慌て。
           ひたすら言い訳を並べ、あなたの顔は潰しませんからと平謝り。機嫌を損ねまいと、初五郎は酒をすすめるのだが百兵衛は下戸だと断ると 、クワイの金団を指し出して「ここんところは一つぐっとのみ込んでいただきたい。」と。馬鹿正直な百兵衛は、客に逆らってはいけないと思い、大きなクワイの塊を丸のみ、脂汗を流して目を白黒させて下りていった。

           百兵衛を腹を抱えて笑っていた連中を尻目に、初五郎だけはなまじな奴が来たら口論になって、喧嘩になる。だからあんなドジな芝居をして、こちらの立場を心得たのを分らせるためにあの金団を飲み込んで笑わしたに違いない。と一人感心している。

           一方、百兵衛が喉をひりつかせているとことに再び二階からお呼びがかかる。今度は何を飲まされるのかと不安になりながら引き帰す。またしてもやって来た百兵衛に驚いた連中だが、話しを聞いていくうちに百兵衛がただの抱え人と分り、それならばと長谷川町三光新道の常磐津歌女文字(かめもじ)という三味線の師匠を呼んでこいと言いつける。名前を覚えられない百兵衛に「三光新道でかの字のつく名高い人と聞けば皆知っているから大丈夫だ。百川に河岸の若い者が今朝から4,5人来ていると伝えろ。」と言いつけ早速行かせるのだが・・・。

           百兵衛はやっぱり名前を忘れてしまって、通りで人に尋ねると鴨池(かもじ)という医者の家に連れていかれた。百兵衛が「河岸の若い方が今朝がけに4,5人来られてまして。」というが訛りで鴨池先生「若いのが袈裟がけに切られた」と勘違い。自分が着くまでに焼酎と白布、鶏卵20個を用意しておけと言いつける。
           この伝言を聞いて不思議に思った若い衆だが、悪戯心のある師匠だから、きっと景気付けに焼酎をのんで、白布は晒にして腹に巻き、卵を飲んでいい声を聞かせようという寸法だと勝手に解釈しているところへ鴨池先生が駆け込んでくる。
          鴨池先生がやって来てあたふたする若い衆。百兵衛を捕まえて言う。

          「間違えるに事欠いて、鴨池先生を呼んで来やがって。この抜け作め。」
          「どのくれぇ抜けてますか」
          「てめぇなんか、全部抜けていりゃ」
          「そうかい。かめもじ、かもじ・・・。いやぁ、たんとではねぇ、たった一字だけだ。」


           この噺を初めて聴いたのはさん喬師匠のもの。初めてもなにも、生では一回しか聴いていないんですがね。実は先日行われた『権太楼一門会』で小権太さんが百川を演じていたんですが、仕事の関係上間に合わなくって会場外のモニターでチラっと観たくらいなんでカウントには入れずで。
           この噺は全編笑いどころばかり、百兵衛をいかに演じるかなんでしょうがどう演っても笑いはとれそうな噺であります。ただこの噺は登場人物も多いですし、ちゃんと演じたら30分以上はかかりそうでありまして、決して楽なネタではないでしょうね。こんな笑いどころ満載でも、この長時間の間ずっと会場を沸かせるにはそれなりの工夫が必要でしょうね。
           
           この噺は実在する江戸懐石料理の名店「百川」(明治初年に廃業)が宣伝のために創作させた落語らしいです。それも、実際に起こった事件を元にしているらしいんですよね。本当かなぁと思いますが。それにしても、宣伝のために落語を利用したということは、それだけ落語という媒体が一般の人に通用していたということですね。



          今日のネタ 『夢金』

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             山谷堀の吉田屋という船宿。そこの船頭・熊五郎は寝言で「100両が欲しい」「200両が欲しい」「150両にまけてもいい」と言うぐらいの欲張りである。
             いつものように熊五郎の大きな「金が欲しい」と寝言が聞こえてきた夜遅く。門口で大声で案内を乞う者がある。こんな遅くにお客さんでもあるまいにと、亭主が出てみると年のころは30ばかりの侍。その横には16、7の娘が立っている。生憎今夜は雪がしとしとと降る夜。気の毒に思った亭主は2人を中に入れ話しを聞く。
             話によると、今日は妹を連れて芝居見物に行ったのだが、帰りが遅くなり、この雪の中を難渋している。大橋まで屋根舟を一艘出してもらいたいという。
             亭主が今日は船頭が全て出払っていると断るが、「100両欲しい〜」と声が聞こえてくる。侍がこの声の主のことを訪ねるが、亭主は大変な欲張りなやつで気分を悪くさせるといけないのでと断るのだが、それでも構わないと侍が言うので熊五郎を起こして支度をさせる。
             酒手につられて舟を出した熊五郎だが、本当に酒手を貰えるのか気が気ではない。寒さに震えながら漕いでいると、侍と娘の様子がおかしいことに気付く。どうやらこの2人は兄妹ではないなと踏んだが、銭をくれれば文句はないと思っていると侍が舟の障子を開け、「船頭。おまえに話しがある」と。女は寝入っている様子である。
             侍、「この娘は実の妹ではない。吉原の土手で犬に取り巻かれて難儀していたのを助けてやったのだ。介抱しながら懐に手に入れると大枚200両も持っていたので、これからこの女をなぐさんで、金をとって殺すので手伝え。」と言い出した。熊五郎がいくら欲張りだからといって、人を殺してまで金はいらないと断ると、「大事を明かした上は命をもらう」と脅され、しぶしぶ承諾する熊五郎。
             金は2両渡すと言われたが、それじゃ人を殺すのに見合わないと半分の100両を要求する熊五郎。侍と熊五郎の言い合いが始まるが、舟をひっくり返してやるという言葉に焦り出す侍をみて、こいつは泳げないんだなと感づいた熊五郎。結局、話しは100両ずつの山分けということにまとまる。
             舟中で殺せば証拠が残ると、熊五郎は中洲で殺そうと提案。侍もいい考えだと異議を唱えない。中洲まで漕いでいくと、先に侍を中洲に上がらせ、すぐに棹を突っ張り、舟を出す。「ざまあみろ。土左衛門になりゃあがれ」と意気揚々の熊五郎は娘を親元である本町三丁目の糸屋林蔵に届けて二十両の礼金を頂く。
             思わず金を握りしめた瞬間、「痛てぇ」

             夢から覚めると熊五郎は、自分のキンを握っていた。

             
             前半の熊五郎のコミカルなしゃべり、そしてだんだんとシリアスな展開になっていき、最後に夢オチ。なかなかよくできた噺だと思いますが、サゲが夢オチというのはなんだかありふれているような気がしますな。礼金をもらって目出度し、目出度しでも十分にいいと思うんですがね。
             僕がこの噺を聴いたのは志ん朝師匠の音源で。志ん朝師匠が演じるとなんだか熊五郎も粋な感じがします。若旦那とか、こういった感じの粋というか、遊び人のような人物は志ん朝師匠に本当にあっているような気がします。なんだか志ん朝師匠自身、そのまんまのような気がしてなりません。で、見せ場である船中での熊五郎と侍のやり取りも、あの志ん朝師匠独特の流れるような喋りに合っていて最高。こういう風に演じることが出来るのは、やっぱり志ん朝師匠だけという感じがしますねぇ。
             僕の愛読書『落語CD&DVD名盤案内』によれば、このネタを得意としていたのは6代目三遊亭円生師匠や3代目三遊亭金馬師匠らしいです。円生師匠の演じる『夢金』は想像できますが、金馬師匠のものというのはちょっと想像できないなぁ。機会があったら聴いてみたいもんですね。



            今日のネタ 『らくだ』

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               町内で乱暴者で鼻つまみの男はらくだと呼ばれていた。このらくだが自分でさばいたフグに当たって死んでしまった。
               そこに兄弟分の男がやって来た。らくだの死体を見つける男。葬式ぐらい出してやろうと思うんだが金がない。そこで家財道具一式を売り払って金を作ろうと考えているところに「くず〜ぃ。」の声。さっそく通りかかった屑屋を呼び込んで買わせようとするんだが一文にもならないと言われる。

               この男、それなら長屋の連中に香典を出させようと思い立ち、嫌がる屑屋を脅して月番のところへ行かせる。長屋連中はらくだが死んだことを聞いて喜ぶが、香典の話しになるとなんであんな奴の為に香典なんかと言い出す。しかし、らくだの兄弟分という凶暴な男が何をするかわからないという屑屋の説得によって、しぶしぶ香典を集めて持っていくことを約束する長屋連中。
               それに味をしめたのか、男は今度は大家に通夜をするから酒と肴と飯を出させようとして、再び大家のもとへ屑屋を行かせる。しかし、大家は今まで店賃を一度も払わなかった奴のためにそんなことは出来ねぇと。もし断ってきたら、死骸にかんかんのうを踊らせて、そのまま死骸を引き取ってもらおうと言ってましたという屑屋の忠告にも耳を貸さず、とうとう屑屋を追い返してしまう。
               それを聞いて怒った男、屑屋の背中にらくだを乗せ、さっそく大家の家の前でかかんのうを踊らせる。ビックリしたのは大家。まさか脅しだと思っていたかんかんのうを本当に踊られてはさすがの大家も降参し、酒と飯を持っていくことを約束する。
               今度屑屋が行かされたのは横町の豆腐屋。早桶変わりに四斗樽を借りてこいというのだ。豆腐屋も断ろうとするが、かんかんのうの話しを聞いたら黙って樽を渡すしかない。

               らくだの家に戻った屑屋。もう解放されるだろうと思っていたが、男に今まで迷惑をかけたからちょうど今届けられた酒でも飲んでいけと言われる。女房、子どもが待っているから帰してくれと頼んでも、男はオレの酒が飲めないのかと脅してくる。
               この屑屋、実は酒乱でもう一杯飲め、もう一杯とやられているうちに逆に「早く注げ、てめぇ。」と男に凄みだす。男もビビりだし、完全に立場は逆転してしまう。
               完全に酔っぱらった屑屋は、らくだの死骸をこのままにしていたら心持ちが悪いから、知り合いの落合の安公に焼いてもらおうと言い出し、死骸の髪を丸めて、樽に押し込んで男と2人で担いで火葬場へ。
               酒を飲んで、完全に酔ってしまっている屑屋と男は、途中死骸を落としたのも気付かない。ようやく焼く段になって死骸がないことに気付いた2人は、どこへ落としたもんかと来た道を引き返す。
               ちょうど願人坊主が酔っぱらって寝ていたのを死骸と間違えて桶に入れて焼き場へ。火を付けると坊主が目を覚まして外へ出てきた。

              「熱い!ここは何処だ?」
              「ここは火屋(ひや)だ。」
              「冷酒(ひや)でいいから、もう一杯。」

               
               『らくだ』という噺は大ネタ中の大ネタ。寄席では滅多に聴ける噺ではないです。先日、さん喬師匠のこのネタを寄席で聴けたのは幸せなことであります。CDでは志の輔師匠、あと記憶にないんですが誰かのを聴いた覚えがあります。上方では6代目松鶴師匠のものが絶品らしいですが、未聴であります。
               大ネタではあるんですが、僕は最後のオチがどうも面白くないと思うんですよね。火屋と冷酒の駄洒落なんですが、完成度が高いと思わない。それよりも志の輔師匠のように屑屋と男の形成が逆転するところで切ったほうがいいんじゃないかなと思うんですよね。あくまでも面白さという面ではね。

               この「らくだ」というあだ名ですが、1821年に両国に見世物としてきたラクダを見た時に、あんなにも大きくても役に立たないと江戸っ子は考えたらしい。そこから体だけでかくって役に立たない者を「らくだ」と言いだしたようです。



              今日のネタ 『長短』

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                 長さんと短七は幼なじみ。気の長い長さん、短気な短七と性格は間逆なのに気が合う。
                 いつものように短七の家に遊びに来た長さん。昨日の夜星が出てなかったんで雨かなと思っていたら、今日はやっぱり雨が降ったということを喋ろうとする長さんだが、いつものようなスローテンポな喋り。それを聴いていた短七は早くもイライラし始める。
                長さんに菓子を出すと、いつまでも口の中でモグモグしている。それを見た短七は菓子が腐っちまうと菓子を次々に丸のみする。
                 次に煙草を吸い出した長さん。煙管に煙草を詰めて火玉を盆に落とすまでの仕草がまたしてもゆっくり。またしてもイライラし始めた短七は、こうして煙草を吸うんだと一連の動作を一気にやる。こうやって吸うんだと何回もやっているうちに火玉が自分のたもとに入ってしまうが、それに気付かない。
                 これを見た長さん
                「たんひっつぁんは、きがみじかいから。人にものおそわったりすると嫌だろうねぇ〜。」
                「ああ、大嫌いだ。」
                「オレが教えても怒るかい?」
                「おめぇとは子ども時からの友達だ。水臭いことは言わねぇで、怒らないからなんかあったら教えてくれ。」
                「本当に怒らないかい?だったら言うけど、さっきたんひっつあんが吸った煙草の火玉盆に入らないで、左のたもとんんなかに入っちまった。危ないから、早く消したほうがいいんじゃねぇか?」
                「なんだと!あ、こりゃ、いけねぇ。こんなに焦げちまった。なんでもっと早く教えねぇんだ!」
                「それみねぇ。そんなに怒るから、教えねぇほうが良かった。」


                 この噺は登場人物は2人、演じ分けも楽ということで前座さんなんかがよくやっているのを聴きます。が、寄席で一番僕が聴いているのは意外にもさん喬師匠のもの。寄席では大きなネタばかりを演っているわけにはいきませんから、こういったこともあるもんですね。ただ、こういった軽い噺でもさん喬師匠が演じると面白い、面白い。10分とか15分とか、短い時間でありますが終始笑ってしまいますね。
                 名人・本格派と呼ばれるような師匠の軽い噺もいいもんです。むしろ、その巧さというのがより分ります。寄席の中で逃げではない、しっかりと軽いネタを聴くと逆に得した感じがするのは僕だけでしょうか。



                今日のネタ 『権助提灯』

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                   さる大家の旦那。
                   妾を囲っているのだが、この旦那の嫁さんが物分かりがよい。妾も本妻を立てるんで、家庭は円満でだんなは本宅と妾宅を交互に行き来するという生活。

                   風が強いある日。旦那が本宅に帰ると嫁さんが、「今日は大変風が強い。こんな日は火事にでもなった大事。火のもとも心配だし、あちらは女手しかないからさぞ不安でしょう。こちらは男手がいるからあちらに行っておやりなさい。」と。
                   旦那はその言葉に甘え、飯炊きの権助に提灯を持たせて妾宅へ向かった。

                   妾の方でも本妻に義理を立て、これに甘えたら奥さんに申し訳ないと、旦那を帰してしまう。本宅へ引き返すが嫁さんにも意地がある。またしても追い出される旦那。
                  こうして何度も本宅と妾宅を行き来をしている旦那。終いには泣きべそになりながら行き来する。
                   またしても妾宅から追い出された時、

                  「おい、権助。提灯に火を入れな。」
                  「それには及ばねぇ。もう夜が明けちまっただ。」
                   

                   軽めの噺で寄席でも何回か聴いている噺であります。単純な噺でありますが、それだけに権助のキャラクターをしっかり活かさないとちょいとつまらない噺になるかもしれません。なにせ、笑いのほとんどが権助のぼやきというか文句というか、そういったセリフで起きる噺ですから。
                   僕の最近の記憶にあるのは三三師匠の演じたもの。先日観た『落語研究会』収録のものですね。やはり、こういった滑稽噺は柳家の十八番とあって、三三師匠の演じるものも面白い。三三師匠の演じるものは、随所に権助のサディスティックな性格が現れていて、ブラックな雰囲気が出ているんですが、それが単純に笑いとなるのがいいんでしょう。



                  今日のネタ 『粗忽の釘』

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                     とあるところに粗忽者の亭主がいた。
                     引越の時にオレに任せろと家財道具一式を背負うが全く動かなくなる。荷物を減らしてもまったく持ち上げられないと思ったら、荷物と一緒に家の柱まで縛っていた。
                     結局、ツヅラだけを背負って先に家を出たんだが、いつまで経っても亭主は戻らない。先に引越先に着いたかみさんが気をもんでいると。グッタリとした亭主がようやく到着する。
                     なんでも、大通りに出て四つ角に来ると赤犬と黒犬が喧嘩をしている。それをしばらく眺めていると、赤犬が近づき、ぴょんと立ち上がった。びっくりした亭主はひっくり返ってしまい、ツヅラが重くって1人で立ち上がれない。人に手伝ってもらってようやく立ち上がったが、運悪くそこに自転車が突っ込んでくる。勢いで卵屋に飛び込む自転車は、卵を200ばかり踏みつぶしてしまう。
                     警官が来て取り調べされ、ようやく解放されたと思ったら今度は新居の場所を忘れてしまった。そこで引き返して、大家に頼んで連れてきてもらったという。

                     あきれ果てたかみさんだが、引越で忙しい。粗忽の亭主でも何か役に立つだろうと、まずは箒を掛けるための釘を打ってもらおうと金づちを手渡す。
                     亭主は大工だからと安心してたら、場所を間違えて瓦釘という長い釘を壁に打ち込んでしまった。長屋の壁は薄いんで、きっと隣に突き抜けて危ないし、物をこわしてしまったかもしれないと心配したかみさんは、亭主を隣に行かせる。
                     粗忽の亭主はまたしても失敗。隣の家ではなく、向かいの家に行ってしまう。間違いに気付いてようやく隣の家に着くが、落ち着こうと世間話を初めてかみさんとの馴初めを話しはじめる。隣の亭主も困って「あなた、何の用でいらしたんですか」と聞くと、ようやく釘のことを思いだした亭主。
                     調べてもらうと、仏壇の阿弥陀様の喉を貫いている。酷いことをすると訴えられると、粗忽の亭主

                    「お宅はここに箒を掛けるんですか?」
                    「あなたが貫いた釘ですよ!」

                    「ああ、これじゃ毎日ここまで箒をかけに来なけりゃならない。」
                     

                     本当に馬鹿馬鹿しくって、軽い噺なんですが、これがまた面白い。オチまでの流れ、そしてオチと色々工夫がきいて、時間も自由に変えられるとあってよく高座にあげられるネタのようです。
                     僕は『粗忽の釘』としてはあまり聴いたことがないんですが、まったく同じ噺の上方版『宿替え』はよく聴いていました。これは枝雀師匠でしか聴いていませんが、まさに枝雀師匠の『宿替え』は大爆笑落語となっています。枝雀師匠のものはDVD版と、別テイクの二種類を保有。音源も別テイクか何種類かもってますんで、それだけ枝雀師匠が十八番にしていたというのが分りますね。どのテイクでも、何度聴いても笑ってしまいますな。



                    今日のネタ 『黄金餅』

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                       下谷山崎町の裏長屋に住む、金兵衛。このところ、隣に住む願人坊主の西念の具合が悪く、毎日世話を焼いていた。この西念、身よりのない老人だが結構な金をため込んでいるという噂があるのだが、相当なケチで医者にも行かないし、薬も買わない。
                       西念が「あんころ餅を食べたい。」というので、金兵衛が仕方なく買ってくると、1人で食べるから帰ってくれと追い出されてしまう。金を出したのは金兵衛なので、腹が立って、なんで1人で食べたがるかと壁の穴から隣をこっそり覗いてみる。
                       すると西念、1つ1つ餡を取り除いて、どこからか大量の小粒の金を出してくる。その大量の金を餅で包んで、とうとう全て残らず食べてしまった。食べ終わると急に苦しみだし、そのまま死んでしまった。

                       「こいつ、金が気になって地獄まで持って行きやがった」と金兵衛、なんとか金だけ手に入れられないかと考え、焼き場で焼いたあとに金だけ取りだそうと考えつく。そうと決まればもたもたしていられないと、長屋の連中を集めてにわか弔いをし、「西念は身寄りがないから、オレの寺で葬る」と言って、その日のうちに早桶を担いで麻布の木蓮寺までやってくる。ぐうたらの和尚をせかしてお経をあげさせ、長屋の連中を追い返して、桐が谷の焼き場まで早桶を背負ってやってきた。
                      火葬人に、「ホトケの遺言だから腹だけナマ焼けにしてくれ」と注文。

                       翌朝、焼け終わりに行くと、すぐに腹をさいて、中から金を取りだして、さっさと逃げ出す。後ろから火葬人が「コツはどうすんだ」と叫んでも、「犬にやっちぇ」と金兵衛。

                       その後、この金で目黒に所帯を持ち、餅屋を開いて大変繁盛したという。



                       『火焔太鼓』に並び、これぞ志ん生のネタと思えるのがこの『黄金餅』。内容だけみるとグロいし、ナンセンスだし、とても笑って聴けるような噺ではないと思うんですが、これが志ん生師匠が演じたら面白い。他に志ん朝師匠が演じたものもCD化されていまして、これも聴くことができますが、これもまたいい。
                       でも、この2人ぐらいでしょうかねぇ。他に聴いた記憶がありません。やっぱり、こんなナンセンスな噺をサラリと演じるのは難しいのでしょうかね。ネットで調べますと、CD化はされていませんが小朝師匠が演じたことがあるようです。

                       この噺の見所は、下谷から麻布までの道行きの言い立てでしょう。一気に言い立てるのは見事としかいいようがありません。噺的には笑いの山場があまりないような気がするんですが、志ん生師匠の演じるものは面白い。さすがとしか言えませんね。



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